令和5年度のクマによる人身被害発生件数が過去最多となっています。
2023年4月から12月末までの間に、クマによる被害人数は219名、そのうち6名の方は亡くなっています。(環境省発表による速報値)
クマに遭遇してしまった時、間違った行動をすれば命に関わるため、クマの生態や対処法を正しく理解しておくことが重要です。
自身のためにも、クマのためにも、互いの平穏を守りながらアウトドアライフを満喫するために、「クマの生態」「出会わないために」「出会ってしまった時の対処法」について紹介します。
ツキノワグマの生態と特徴
分布 本州と四国の33都道府県に生息しています。過去には九州にも生息していましたが、絶滅したとされています。
ツキノワグマの分布は、ブナやミズナラに代表されるブナ科の落葉広葉樹林(ただし紀伊半島では照葉樹林)の分布と重なっていると言われています。
静岡県の伊豆半島においても絶滅したとされているところ、2021年に約100年ぶりに捕獲されました。
また、人口43万人を超える東京都町田市においても出没情報があります。
食性 雑食性であるが、植物食の依存度が特に高い。昆虫や魚、動物の死骸等なんでも食べる。
秋にドングリを大量に食べ脂肪を貯え、冬眠に備える。山にあるサクラの実やクワの実、野イチゴなどのほか、柿や栗を求めて住宅周辺に現れる場合もある。
6月~9月(端境期)には山に食べ物が少ないため農業被害が発生しやすい。
特徴 黒い体色に胸の白い月の輪の模様(無い個体もいる)が特徴。
全長100~150cm、体重40~120kg程度(季節による変動も大きい)であり、世界のクマ類の中では比較的小型の種類である。
相対的にオスのほうが大型。
1967年に宮城県で捕獲されたオスは、体重220kgもあったという記録があります。
活動 昼夜を問わず活動するが、朝夕の薄暗い時間帯に盛んに活動している。人間との関わりがある場所では主に夜間に活動している。繁殖期と子育ての時期以外はそれぞれの個体が単独で暮らす。個体間に「なわばり」はないので食べ物が豊富な場所には複数の個体が集まる場合がある。12月頃~4月頃まで冬眠する。
ヒグマの生態と特徴
分布 世界では北半球に広く分布し、さまざまな自然環境に生息しています。日本では北海道にのみ生息しており、国内では最も大きな陸上動物です。
食性 雑食性で、春から秋にかけてその時に最も手に入りやすい食べ物を大量に食べます。
- 春 ザゼンソウ、ミズバショウ、イラクサ、フキやセリ科(エゾニュウ、アマニュウなど)などの植物を食べます。ドングリが豊作だった年の翌年の春には、残ったドングリを食べます。
また、冬を越せずに死んでしまったエゾシカを食べることもあります。
- 夏 フキやセリ科植物も食べますが、アリなどの虫や、ヤマグワなどの果実を食べることが増えてきます。
山の中の食べ物が少なくなり、果樹園のさくらんぼや、家庭菜園のとうもろこしなどの農作物の被害が起こりやすくなる時期でもあります。
- 秋 クルミやドングリなどの堅果類、サルナシやヤマブドウなどの漿果類といった木の実を中心に、食べ物をたくさん食べ、冬に備えます。
サケやマスなど魚類、シカなど哺乳類も季節によって捕食します。
冬(おおむね12月~3月)は冬ごもりします。
特徴 毛色は褐色から黒色まで個体により様々である。また、ヒグマは栄養状態によって生じる個体差が顕著で、溯上するサケ・マス類を豊富に食べられる環境にいるヒグマは大きい。
- オス:体長約1.9~2.3m 体重約120~250kg
- メス:体長約1.6~1.8m 体重約150~160kg
近年の記録に残されている最大の個体では、体重が520kgのオス(2007年、えりも町 推定17歳)、体長では243cmのオス(1980年、14-15歳)が挙げられる。
2019年から2023年6月までに推定66頭の牛を襲ったヒグマ「OSO18」は体長2m10㎝体重330kgであり、三毛別羆事件のヒグマ(350kg)と同等であると言われる。
ヒグマの知能はイヌと霊長類の間といわれています。
高知能・好奇心旺盛・高学習能力という特性から、個体による個性のばらつきがとても大きいのが特徴です。
走る速度も速く、時速60キロで走ります。
50m離れていても3秒後にはもう目の前です。
ちなみに100m走10秒は時速36kmです。100mを5秒(時速72km)で走れる超人なら逃げきれるかもしれません。
崖を駆け下り、カモシカを捕食する貴重映像が公開されました。
人間では確実に逃げ切れません。
活動 ツキノワグマと同様に、昼夜を問わず活動するが、朝夕の薄暗い時間帯に盛んに活動している。早朝4時~7時と、夕暮れ以降に活発に行動します。
習性 繁殖期以外は、オス・メスは別々に暮らしています。
ヒグマの子育てはメスのみが行い、オスは子育てには一切参加しません。子グマは親離れする1歳半~2歳半までの間に、生きる術を母グマから学びます。
母グマは通常1~3頭の子を産みます。子グマを守るためには攻撃的になります。
執着心が強く、美味しくて手に入りやすい食物があるとしつこく執着します。
行動範囲 ヒグマは、個体ごとにそれぞれの行動圏(行動範囲)が決まっています。
行動圏はオスが数100㎢、メスが数10㎢と、オスの方がメスよりも広いことが分かっています。
(オスは、繁殖のためにメスを探して歩き回るため)
行動圏の広さは、地域や食べ物の量によっても変わるため、食料となる資源が多い地域においては、行動圏が狭くなります。
個体間に「なわばり」はなく、行動圏も他の個体と重複しています。
クマによる獣害事件
ツキノワグマ
十和利山熊襲撃事件
2016(平成28年)5月下旬から6月にかけて、秋田県鹿角市十和田大湯の十和利山山麓で発生。
タケノコや山菜採りで入山した4人が死亡、4人が重軽傷を負った。
記録に残るものでは本州史上最悪、日本史上でも3番目の被害を出した獣害事件と言われる。
近年発生の死亡事故
- 2023年8月9日 岩手県一戸町 自宅近くの林にて頭や肩を抉られ83歳女性が死亡
- 2023年5月25日 秋田県北秋田市 農作業中に襲われて顔を負傷した78歳男性が3日後に死亡
ヒグマ
三毛別羆事件(さんけべつひぐまじけん)
1915年(大正4年)12月9日から12月14日にかけて、北海道苫前郡苫前村三毛別(現:苫前町三渓)六線沢で発生。死者7名負傷者3名(負傷の1名は怪我が原因で後に死亡)
日本史上最悪の熊害とも評される。
何度も襲撃を受け、熊の執着心の強さや火を恐れない、逃げる者を追う習性などが明確となった。
近年発生の死亡事故
- 2023年10月29日頃に北海道福島町大千軒岳にひとりで入山した22歳男子大学生が11月2日に遺体で発見された。
損傷激しく、ヒグマに襲われたと見られる。遺体から数十メートル離れた場所にヒグマの死骸があった。10月31日に登山をしていた消防隊員3人が襲われ、負傷するもナイフでヒグマの喉元を刺すなどして撃退していた。同じヒグマの可能性がある。
その後の追跡調査で、ヒグマの胃の内容物についてDNA鑑定を実施したところ、同大学生はヒグマに喰われていたことが判明した。
ヒグマによる登山中襲撃死は53年ぶりである。
若いオスのクマで、体長125センチ、体高58センチ、栄養状態は良好だったという。 - 2023年5月14日 北海道幌加内町朱鞠内湖で釣りをしていた54歳男性 遺体は激しく損傷
「クマに遭わないこと」が最善の防御手段
●音を鳴らす
山や森林内に立ち入る際は、クマに人間の存在を知らせるため、鈴や笛を鳴らしたり、ラジオを流す。複数人の時は会話しながら行動する。
※地域によっては、ラジオの音でクマが寄ってくる可能性もあるそうです。
(過去に人からリュックを奪った際にラジオが流れていたため、ラジオの音の近くに食べ物があると学習してしまったクマの場合)
●明け方・夕暮れ時は避ける
クマの出没している地域周辺では、クマの活動が活発になる明け方・夕暮れ時(黎明薄暮時)の外出はなるべく避ける。
●クマの痕跡に注意
クマの糞や足跡を見つけたら引き返す。(糞は食べた物によって外観が変わります。)
ヒグマの足跡
ヒグマの足跡には5本の指がつく。後足の跡が、前足の跡のすぐ前につくことが多い。
●食べ物の匂いに注意
クマの嗅覚は犬の7~8倍と言われています。行動食やお弁当など、登山にもっていく食べ物の美味しそうな匂いはクマを引き寄せてしまいます。密閉容器やジップロックを重ねるなど、極力匂いを発さないように注意しましょう。
キャンプをするときは…
◎テント内で調理や食事をしないこと
匂いが残ったテントはクマを引き寄せることになります。調理や食事はテントから離れた所(できれば100m以上離す)で行なうのが理想的です。
◎テントの中で食料を保管するのは絶対にやめましょう。
食料の保管場所はテントや調理・食事をした場所から100m以上離すこと。
食料や生ゴミ、食べ物の匂いのついた食器や調理器具は、ビニール袋で密閉して木に吊るすか、フードコンテナ(携帯用クマ対策コンテナ)の中に保管すること。
●動物の死骸に近づかない
クマは雑食であり動物の死骸を食べることもあります。また、食べきれなかった死骸を再び食べにくることがあります。クマは執着心がとても強いため、死骸の近くにいると、餌を横取りされると思って襲ってくる可能性があります。
死骸を見つけた時は近づかないようにしましょう。
●子熊を見つけてしまったときは最大限の注意を
子熊を見つけたら近くに母熊がいます。非常に危険であるため、その場からそっと立ち去る。(どんなに可愛くても絶対に近づかないこと)
●出没情報を確認する
あらかじめ入山しようとする地域の出没情報を市町村役場、地域振興局林務課、所轄警察署に問い合わせておきましょう。
クマに出会ってしまった時の対処法
突然出会うかもしれないことを念頭に、冷静な対応が重要です。
まず、あわてずに落ち着いて行動しましょう。
遠くにいる場合(100m)
静かにその場から立ち去る
クマが先に人の存在に気付けば、大抵はクマの方から逃げていきます。
もしクマが人間の存在に気付いていない様子であれば、やさしく呼びかけながら手を振ったりするなどしてクマに人間の存在を知らせることも一つの方法です。
驚かせて刺激しないようにしましょう。
突然の遭遇(20~50m)
ゆっくり後ずさりして離れる。
背中を見せて走って逃げるのは厳禁です。
クマは本能的に逃げる者を追いかける習性があります。
また、大声で叫んだり、石などを投げつけたりしてはいけません。攻撃されたと思ったクマが反撃に出る可能性があります。
クマから目を離さず、両腕をゆっくり振りながら穏やかに声を掛けつつ、立ち木等を間に置くようにしながらゆっくり後ずさりしてその場から離れましょう。
死んだふりは迷信です。危険です。
ツキノワグマは木登りが得意なので、木の上に逃げるのも効果的ではありません。
クマが立ち上がり、鼻をヒクヒクさせるのは、相手を確認するための行動です。
近くでバッタリ(20m以下)
落ち着いて、絶対走らない。
突発的に走って逃げるとか、大声でわめくような行動は、ただでさえびっくりしているクマを更に怯えさせ、ストレスのあまり防衛的な攻撃に移らせる可能性があります。
「ゆっくり両腕をあげて振り、穏やかに話しかける。」
「万が一の突進に備えて、可能ならクマとの間に立ち木等の障害物を置く位置関係に静かに移動する。」
クマ撃退スプレーがあれば準備しながら行きたいところですが、大抵そんな余裕はありません。唖然として立ちすくむと、途端に、クマが全速力で逃げていくことがほとんどです。
こちらに向かって走ってきた
ギリギリまで静かに後ずさる
こちらに向かって走ってきても、本当に攻撃してくるとは限りません。
突進の多くは威嚇突進(ブラフチャージ)で、すぐに立ち止まっては引き返すような行動を見せる場合があります。威嚇してくるのはクマ自身が怖がっている証拠です。クマもなんとか逃げようとしています。可能なら、穏やかに声を掛けながら、クマとの間に障害物を置くようにゆっくり後ずさりして離れましょう。急な動きは、攻撃を誘う可能性があるので禁物です。
★市販のクマ撃退スプレーを構えて、いつでも発射出来るように下がるのも有効です。
次の動画はクマが3度にわたり向かってきますが、直前で折り返している威嚇突進の例です。慌てて攻撃したり、逃げ出していたら、クマが興奮して本当に攻撃されていたかもしれません。
本当に襲いかかってきた(突進が止まらずに3~4mの距離に迫った)
クマ撃退スプレーを噴射・地面に伏せて両手で首の後ろを守る
クマ撃退スプレーがあれば、クマの目と鼻に向けて一気に全量を発射します。クマ撃退スプレーを持っていない場合や、効かずに攻撃を受けてしまった場合は、その場でうつ伏せになり、防御姿勢をとりましょう。
手持ちの道具(ナタや枝など)で、反撃して追い払いに成功した例もありますが、人間の急所である顔や喉、後頭部や腹などを守れる姿勢(地面に伏せて両手で首の後ろをガードするなど)をとることが命を守る上で効果的と言われています。
クマは顔や頭を執拗に狙ってくる傾向があります。
とは言え、どれだけ注意を払っていても、マニュアル通りに行くわけではありません。
クマは個体による個性の差が大きいので、想定外の行動もありますし、正解なんてものは無いのかもしれません。
次の動画では突然クマが頭上から襲って来ます。逃げ場もなく、伏せられるような状態でないため、大声を上げつつ、威嚇して追い払った例です。
クマに襲われると…
ニュースで「クマに襲われ怪我、命に別状はない」などと報道されていますが、この「命に別状はない」というのは、顔面の皮膚が吹っ飛び、眼球が破裂するくらいの怪我でも、命に関わらなければ、いわゆる「命に別状はない」という報道になります。
しばらくすれば完治するくらいの怪我かと勘違いしてしまいますが、実際には目を覆いたくなるほど悲惨な場合が多いです。
「熊外傷」の9割は顔であるため、うつ伏せになり、わずかでも被害を減らすことが重要になります。
運よく命拾いしても、悲惨なことになりかねないため、クマに出遭わないことが一番です。
絶対にやってはいけないこと
ヒグマはとても知能が高く、一度でも人間の食べ物の味を知ってしまうと、その味を覚え、人や車に対し餌を求めるようになります。
それまで警戒の対象だったものが一転し、食べ物を連想させる対象となってしまうのです。
すると、食べ物を求めて人里に下りてきたり、登山者や観光客を見つけたら、逃げずに近寄るようになります。
そして、近寄ってきたクマに驚いて逃げ出したり、威嚇することでクマによる人身事故が発生すれば、そのクマを駆除しなければなりません。
もしそのクマが母熊であるなら、1~3頭いる子熊も母と同様に人里を徘徊するようになります。
そうなれば、危険を排除するために子熊達も駆除することになってしまいます。
クマにエサをあげることは、人の命も熊の命も奪うことにつながります。絶対にやめましょう。
勉強になるクマ漫画
北海道でアイヌの埋蔵金を探し求める冒険譚「ゴールデンカムイ」は、熊がメインの話ではありませんが、物語の最初から最後まで、たびたびヒグマが現れます。ヒグマの習性や強さ、マタギやアイヌの熊知識を学ぶことも出来ます。物語としても非常に面白いです。
出典:ゴールデンカムイ第2巻 第10話
日本史上最悪の獣害事件とされる「三毛別羆事件」をリアルに描写した漫画「羆風」は、クマの習性や執着心の強さを学ぶことが出来ます。釣りキチ三平の作者で知られる矢口高雄先生の作画です。是非とも一読していただきたいです。
出典:羆風
私も熊に遭遇したことはありますが、距離もあったため襲われることはありませんでした。
しかし、もし子連れであったり、気が立っていたり、バッタリと至近距離で遭遇していたら襲われていたかもしれません。
「自分は大丈夫」なんて根拠のない過信をせず、「たまたま運が良かっただけ」と思い、慎重に行動するとともに、万が一の備えをしておいた方が賢明です。
クマを射殺したニュースが流れると、「なぜ麻酔銃で捕獲しないのか」といった声があがることがありますが、某探偵マンガみたいにコロッと麻酔銃で眠るわけではありません。
麻酔銃の理想と現実についてとても分かりやすく漫画にされていたので紹介させていただきます。
Xより引用 ねんまつたろう@KITASAN1231
実際は麻酔銃で眠らせて捕獲・保護というのはリスクが高く、難しいです。
熊害が発生して殺処分しないで済むよう、熊が人知れず生活できる環境を維持するとともに、出遭ってしまっても、突然逃げたり威嚇したりするなど、刺激しないように正しく恐れる知識が大事だと思います。
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